北陸の海辺 自転車紀行

北陸の海辺 自転車紀行

北前船の記憶を求めて

著:藤井満

書店発売日:2016年6月10日
定価:1,800円+税
ISBN:978-4-87177-336-2

かつて海を駆け巡った和船のスピードで北陸の海辺を辿ったらなにが見えてくるだろうか? 一本気な海の男とおばちゃんたち。豊かな海の幸と山の恵み、どこか懐かしい風景。能登、加賀、越中、越前、若狭を自転車で巡る紀行エッセイ。朝日新聞連載『海の轍 北陸発』に加筆修正して単行本化。


前書き

2011年春、能登半島の輪島市に引っ越してきた。
 大阪から金沢まで特急サンダーバードで2時間半。特急バスに乗り換え、松本清張の小説に出てくるような鈍色の日本海を横目に二時間走ると、茅葺き民家が点在する山に分け入っていく。この先に人里があるんだろうかと、いぶかしみながら20分ほど走ると、突然まちがひらけた。
 2001年に「のと鉄道」が廃止され、全国と結んでいた鉄路が途切れた輪島のまちは、辺境の離れ島のように思えた。
 輪島では大型連休以外で車が10台もつらなると、事故でもあったんか?と疑い、夜のまちで若者が10人もつどっていると、きょうは祭りか?と思ってしまう。
 そんな静かな田舎町なのに、輪島塗という芸術品を生み出している。塗師屋の町屋に入ると、意匠を凝らした漆器や拭き漆の豪華な内装に圧倒される。スーパーの駐車場で人間国宝にでくわすまちなんて、全国でも輪島ぐらいではなかろうか。
 かつて輪島は、全国の十大港「三津七湊」に数えられる港だったから、全国の文化を吸収できたのだろう。
 朝市を歩くと、新鮮な魚をさばいてくれる。その日に食べない半身はコンブでしめてもらう。北海道のコンブはなくてはならない食材だ。これも北前船がもたらした。
 アワビやサザエをとる約200人の海女の先祖は、筑前の鐘崎(福岡県宗像市)から一六世紀にやって来た。その鐘崎に潜水技術を伝えたのは韓国・済州島の海女だといわれている。海女漁も海の道が能登にもたらした生業だった。
 能登半島の先端の珠洲市は、八世紀に編纂された「出雲国風土記」にも登場する。出雲の国は土地が狭いので、四つの国から土地を引き寄せて島根半島をつくったという「国引き神話」だ。四カ所のうちのひとつが「越の国」の珠洲だった。神話は、直線で400キロ離れた能登と出雲のつながりを示している。
 海から見ると、輪島は「辺境」どころかはるか昔から物流ハイウエーの一大拠点だったのだ。
 北前船のスピードは風の強さにもよるが、時速10キロ前後だったという。自転車とかわらない。和船の速度で北陸の海辺をたどったら、かつて北前船が往来した「海の轍」が浮かび上がってこないだろうか−−。
 そんな思いで自転車にまたがった。2014年夏のことだった。


藤井満(フジイミツル)
東京都葛飾区生まれ。大学時代に京都のアウトドアサークル「ボヘミアン」に所属して旅にはまり、主に中央アメリカ諸国を旅する。1990年朝日新聞入社。静岡、愛媛、京都、大阪、島根、石川、和歌山で勤務。著書に「能登の里人ものがたり」「消えるムラ 生き残るムラ」(以上アットワークス)、「石鎚を守った男 峰雲行男の足跡」(創風社出版)などがある。

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