芦生原生林今昔物語

芦生原生林今昔物語

京都大学芦生演習林から研究林へ

著:渡辺弘之

書店発売日:2021年11月1日
定価:2,200円+税
ISBN:978-4-87177-359-1

関西有数のブナ林が残る芦生(あしう)の里。由良川源流の清らかな水と緑深き苔の森。豊かな自然と人々の暮らしを紹介しながら、その学術的価値と基礎研究の面白さを伝える。「森の中には、わからんことがまだまだいっぱいある」。


目次
I 秘境芦生(あしう)
1由良川源流
2源流の山と渓谷
3原生林
4演習林の設置
5森林軌道・トロッコ道

II 芦生での暮らし・村の行事
(1)芦生での生活
1芦生に赴任
2ご馳走は廃鶏
3宿舎の断水
4芦生分校
5夜川と夜づけ(つけ針)
6交流
7雪 
(2)芦生案内
1松上げ
2芦生熊野権現神社のワサビ祭り
3芦生神社と中山神社
4廃村灰野
5地蔵峠と一石一字塔
6野田畑の木地師居住地

III 長治谷
1須後(芦生)から長治谷へ歩く
2長治谷小屋
3雪下し
4今も気になっている私の判断
5キノコの宝庫
6救助を求める

IV 学生実習
1樹木・造林実習
2生玉子
3女子学生の登場

V 自然の宝庫
1哺乳類(けもの)
2 猟銃が与えられる
3芦生の鳥類
4カミキリムシ
5豊富な植物相
6芦生を基産地とする動植物
7未解決で残ったこと
8嫌われるムシ
9食べられる山の木の実

VI ツキノワグマ研究
1はじめてクマに会う
2クマハギ(熊剥ぎ)
3加害時期 
4国際クマ学会でクマハギを講演
5被害防止
6クマ捕獲
7食べもの
8円座
9クマに発信器を着ける
10冬ごもり・越冬穴
11クマの写真を撮る

VII 土壌動物研究
1森林の土壌動物
2各地の森林で土掘り
3芦生での土壌動物研究
4ミミズ研究
5ミミズの糞塊生成量・土壌耕耘量
6種類の解明

VIII 芦生今昔・将来
1景観の変化
2楽しかった下谷
3芦生ダム建設問題の発生
4ダム計画の進展
5蟷螂の斧
6原生林は残った
7評価高まる芦生原生林
8芦生集落と原生林の共存共栄


前書き
私が初めて芦生へ入ったのは大学院に入学してすぐ、昭和36(1961)年5月の連休のこと、当時4回生だった中島義昌さんたちとであった。京都駅から国鉄バスで美山町安掛へ、京都交通バスに乗り換えて終点田歌へ、田歌からは須後の演習林宿舎まで歩いた。学生宿舎は夕食時の6時から9時まで自家発電の電灯がついたが、9時に合図があり、消灯、あとは石油ランプであった。廊下にたくさんの石油ランプがぶらがっていた。この自家発電は昭和26(1950)年にはじまり、芦生の集落との共同経営だったようだ。演習林では消灯は9時だったように記憶しているが、芦生集落では10時だったと聞く。実習の学生を早く寝させるためだったのだろうか。ともかく、最奥の集落にも夕方だけだが電灯が灯っていた。
次の日は須後から内杉谷を遡り、幽仙谷からケヤキ峠近くの尾根へあがった。内杉谷林道はヒツクラ谷との合流点落合橋あたりまで開設されていたようだが、もちろん、学生に車を出してはくれない。やっと尾根に上がると、保存木に指定されていた大きな連理のミズナラがあった。下谷の最上流のオホノ谷、ノリコの滝の横を下って下谷の谷底をあっちこっちと何度も丸木橋を渡り、本流(上谷)との出合である中山で、対岸の左岸へ渡り、雪のまだ残っていたドイツトウヒ林を抜け、丸木橋を渡ると背の高いススキの向こうに銅版屋根の建物、長治谷小屋がようやく見えてくる。たっぷり一日の行程であった。今では林道が開通し、ほぼ1時間で行けるが、まったく林道のない時代のこと、須後から長治谷まで16㎞の旧歩道を歩いた経験をもつ人はもう少ない。


版元より
日本各地には、大学が持つ演習林、研究林などの森林があります。その中でも、京都大学芦生演習林(現京都大学フィールド科学教育研究センター森林ステーション・芦生研究林)は、かつて植物分類学者の中井猛之進氏が「植物ヲ學ブモノハ一度ハ京大ノ芦生演習林ヲ見ルベシ」と記したように、豊富な植物や動物のいる、貴重な原生林です。
著者は1966年に京都大学助手として現地に赴任。その後も現地の人たちと関わり、研究を続けています。芦生の50年史を語れる数少ない人物といえるでしょう。
木材需要による森林伐採、揚水発電によるダム計画、何度か消滅の危機を乗り越えた芦生の森が、私たち人間に何を伝えてくれるのか。研究者としてだけではなく、同地に暮らした経験から、秘境での暮らし、研究の面白さ、なにより森の素晴らしさを伝えてくれる本になっています。



渡辺弘之(ワタナベヒロユキ)
1939年生まれ。農学博士。京都大学名誉教授。
高知大学農学部卒。京都大学大学院農学研究科林学専攻修士課程、同博士課程修了。1966年、京都大学助手として芦生演習林に赴任。6年間勤務。1999年から2年間、京都大学付属演習林長を務める。熱帯農学専攻、森林科学専攻を経て、2002年退職。その後も演習林から森林ステーション芦生研究林となった同地に通い続け、関わりは50年に及ぶ。
日本土壌動物学会会長、日本環境動物昆虫学会会長、関西自然保護機構理事長、日本林学会評議員・関西支部長、国際アグロフォレストリー研究センター(ナイロビ)理事などを歴任。現在、社叢学会
副理事長、滋賀県生きもの総合調査・その他陸生無脊椎動物部会長、ミミズ研究談話会会長、岡崎嘉平太国際奨学財団評議員、NPO法人自然と緑自然大学学長、日本土壌動物学会名誉会員。
著書に、「京都の秘境・芦生」「由良川源流芦生原生林生物誌」「神仏の森は消えるのか」(ナカニシヤ出版)、「登山者のための生態学」「アニマル・トラッキング」(山と渓谷社)、「森の動物学」(講談社)、「ツキノワグマの話」(NHK出版)、「クマ 生き生き動物の国」(誠文堂新光社)、「アジア動物誌」(めこん)、「樹木がはぐくんだ食文化」(研成社)、「琵琶湖ハッタミミズ物語」(サンライズ出版)、「熱帯林の恵み」(京都大学学術出版会)、「カイガラムシが熱帯林を救う」(東海大学出版会)、「東南アジア樹木紀行」(昭和堂)、「東南アジア林産物20の謎」「土の中の奇妙な生きもの」(築地書館)、「アグロフォレストリーハンドブック」(国際農林業協力協会)、「果物の王様ドリアンの植物誌」(長崎出版)、「熱帯の森から 森林研究フィールドノート」(あっぷる出版社)など多数。共著に、「土の中の小さな生き物ハンドブック」「落ち葉の下の小さな生き物ハンドブック」(文一総合出版)、「熱帯農学」(朝倉書店)。訳書に、「ミミズと土(チャールズ・ダーウィン)」「熱帯多雨林の植物誌(W・ヴィーヴァーズ・カーター)」(平凡社)などがある。

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